こうあるべきだ!

これってこうでしょ。って思ってるものいっぱいない?

昔はた~くさんあったな~私

で、随分減ったと思っているのですが

とある間違い探しゲームをやっていて

思い知るんですが(笑)

これはこうでしょって思ってみてるから

見えてこないんですよ

どこに、間違いがあって、どこに隠れているのか・・・( ̄▽ ̄)

これってこうでしょをどんどん無くしていくと

いろいろみえてくる

間違い探しも、隠れているもの探しもすぐにわかってくる(笑)

これが普通。はどんどんいろんなものが観えなくなってくる

当たり前をやめてみると、人生がいろいろ観えてくる。

思い込みという人生から抜けだすことができる。

(´▽`*)

氣が付かない

よくいろんな人の意識についてお話しをする事がありますが

そういう時に帰ってくる返答は

「氣が付きませんでした」

というお返事。

氣が付かないという事は

その部分は全く自分の中にはない事になっているか

自分の中では無視すると決めて居るか

どっちかだとおもいます。

氣が付かない・・・

氣付けない

は一方向にしか物事を観て居ない

例えば、前の信号が青だからって青だけをみて

右も左も見ないみたいな。

普通に道路上でこんな感じだとどうですかね?

とっても危険!って思わない?

例えば、小さな子は自分の目の前にあるボールしかみてなくて

ボールが転がっていく先しかみてなくて

右も左も見ない・・・なんて状況を目の当たりにしたら

危ない!ってはらはらしない?

そんな感じで日常やり過ごしてるって思うとどう?

結構危険か無謀かも?って(笑)

だから、氣付けないは致し方ない感じがするかも

もしくは、とっても正当性のある理由に感じるかも。

だけど

実は、右も左も見たくないから見ないだとどう?

大人は何が起こるか想定もできるし

予測行動もとれるでしょ

でも、見ない・・・って

表面にはあがらないけど、無意識は無視するって決めてるって思わない?

だって、危険な事も

対処しなければならない事も百も承知だとおもうんだけど

それを

「氣付きませんでした」でいい事になっちゃってるから

そこは永遠に観える事も変化する事もない。

だとすると、「氣付きませんでした」は

理由にならないって思うけど

どう?

正しく変換すると

「そこは立ち入る氣はありません」

じゃないかと思うんだけどね~

(;´∀`)

癒し

人生に問題が起こった(問題だと思いこんでいる)として

問題をどうにかなくならないものかと

いろいろやると思うんですよ。

問題のまま、時が過ぎるのを(嵐が過ぎるのを)

じっと待つなんて人もいるかもしれないけど(笑)

でも、やっぱり、苦しいからなんとかしたい

なんとか逃げたいとかいろいろ思うでしょ。

で、なんとかしないとって思う人は

いろいろやるわけですよ。

なんとかしたいと思わない人は上記の

時が過ぎるのを延々と待つわけですが。

その時、何かしら楽になったら

問題から脱出した~って思ってる人がほとんどじゃないかと・・・

なんですが、実は

楽になったところで、何も変わっていないというのが現実です。

なので、楽になったからといった癒されたわけでも

変化したわけでもないということです。(;´∀`)

残念な事に。

本当に癒されると

現実が変わり、表情や言動や行動や選択が変わってきます。

もしそこは今までと変わらないのに楽になった~って思うなら

それは、抑圧したか、無視したか、無かった事にしたか、やり過ごしたか、逃げただけ

だと思う方が賢明ですね。(/ω\)

もちろん

癒されると楽になるのはなるんですよ。

楽違い・・・( ̄▽ ̄)って言えばいい?

そうはいっても・・・

わかってます、わかってます。

それは違うってわかってます。

って本当に解ってるように思ってない?

でもほとんどの場合

わかってるんすけど、そうは言っても。。。とか続かないかしら(笑)

そうは言ってもとか

でも、とか、だってとか

致し方なかったとか

とかとか

言ってるうちは何も認めても解ってもないので

結局の所何も変わる事はない( ;∀;)

認めて受け入れたものだけが

変化変容させることができる。

だってさ、ちょっと考えたらわかると思うけど

こんなものは私だって認めないって

私じゃないって言っているのに

どうにもできないって思わない?

私じゃないものをどうにかするなんて至難の業だよ(笑)

なので、どれだけわかったとか

解ってますとか言った所で

本当にそれを受け入れて認めない限りは

やっぱり何も変わる事はない_| ̄|○

そうはいっても・・・の後に続くのはなんだろうね~

仕方ないじゃないとか

私のせいじゃないとか

どうしようもできなかったとかかしら・・・

ね、やっぱろ認めてないでしょ(*´▽`*)

そんなの愛じゃない

例えば、これ余ったからあげるよって言われて
わ~いって思う人
なんだよ、あまりもんかよって思う人

この差が人生の楽々さの差を生むといってもいいかもです。

例えば
やっぱり君の方が他の人より素敵だって気が付いたから戻ってきたんだよって言われて
嬉しいなって思う人と
何!?向こうより、こっちがいいから都合よく戻ってきたってわけ!?そんな自分勝手な!
って思う人と

例えば
どこそこに行こうってなって、誰からも誘われなくて
自分から、一緒に行きたいですっていう人と
誘ってくれないなら、そんなとこには二度と参加してやるもんか!
そんなとこ行ったって面白くなんかないって思う人と

何が違う?
もちろん感じ方が違うわけなんだけど(笑)
受け取り上手な人とそうでない人・・・

どんなものでも与えられれば受け取りますって人と
自分の思う通りに渡さないなら受け取らないっていう人

あげくにはこっちから捨ててやる!みたいな(;゚Д゚)

外の事象は私達次第
どんな形でも受け取ればそれは自分に与えられたギフトになる。
だけど、包装紙や渡し方や渡す時にこだわり続けると
中身がどれだけ素晴らしいもので、
仮に受け取ったとしてもその中身をほんとうには受け取れない。。

こんなの愛じゃない!って捨てたときから
いろんなものを捨てて来てる

だから人生苦しくなるんだけどな~

エイプリルフール

今日は嘘をついてもいい日?だったかしら(笑)

嘘と言えば

私たちがどれだけ自分に嘘をついているか知ってる?

それは嘘という表現はされていないかもしれないけどね

例えば、本当はやりたくないのにやりたいって思いこんでいたり

本当は欲しくないのに、いろんな感情の理由から握りしめていたり

本当は大切にはしていないのに、失ったって嘆いてみたり・・・( ̄▽ ̄)

自分をだまし続けてる

本当は豊かになんかなりたくないのに

豊かになりたいって頑張ってみたり

※豊かになりたくない!?って思うかしら(笑)

あ、嘘だったな~って受け入れてみると

自分の何かに氣がつくよ(*´▽`*)

その昔、自分自身が思って居る事が

全くならない時に

自問自答した事があります。

本当にそうしたいのかな?って

そうするとそうしたいって思って居るのは

純粋にそうしたいではなく

そこに付随する何かがほしいからそうしたいって主張している。

それはそうしたいではなく、

その付随しているそれがほしいが正解!

て、わけでそうしたいは無理なんだな~っと

悟った(?)瞬間でした(笑)

初心

初心に戻り

もう一度、やりたくない事

わからない事について考えてみようか

何度も聞いて知っているし

わかって居るけど

やめられないぐらい私たちh

とってもオートマティックに日常過ごしている。

先日、某スタッフと・・・

「あのさ~、言ったそばから、またやるってどうなの?(笑)」

スタッフ

半べそで「祈ってすぐに、また愛名碧さんに突っ込まれて

あ、そうだ。って気づくんです・・・(涙)」

私、、爆笑

スタッフ

「3分後には忘れてて・・・_| ̄|○」

「紙に書いて、みれるように貼れば?」

スタッフ

「書いてます・・・。書いて壁に貼っているのに、愛名碧さんに突っ込まれて、

あ、そうだった・・って。その繰り返しなんです。涙、涙、涙」

「それぐらい嫌って事だよね、絶対にやりたくないって事だよね、

どうして絶対にやりたくないのかはみたの?」

スタッフ

「自分ができるようにって祈ってもすぐ忘れるんです。

本当にやりたくないんだな・・・って」

やりたくない理由がもちろんあるんですが

それぐらい忘れるとかできないとかは

絶対にやりたくない、やってたまるか~!っていうのが真実かな~

初心にもどり

できないはやりたくない

わからないはわかりたくない

すぐに忘れるは、変える氣はないとかね

そう思ってみると

自分が本当は何をしてるかちょっとわかるかも(*´▽`*)

時が過ぎても・・・

最近家の中のいろんなものを買い替えたくて仕方ない・・・

それは別に今に始まったことじゃなく、

少し前から、随分前から(笑)

あ~これもう買い替えないとな~

なんて思っていたものたちで

なんだけど、じっくり選んでいる暇なんてない~って放置したものたち( ̄▽ ̄)

物でも、お洋服でも消費期限がある。

(あ、特に明記はされてませんよ(笑))

消費期限が過ぎてからは使えないわけではないけど

何かがもう違って見える

違って感じる。

私的にいうと、氣的に消費期限が過ぎてますって感じ。

それでも、ま、壊れてないしいいかとか

次第に使わなくなり無用の長物となるか

いずれにしても、ろくなことにはならない(*ノωノ)

壊れて無いしで、やり続けると

強制終了が起こる

使わない無用の長物となると、次第にゴミ溜めに・・・_| ̄|○

これ実は人生も同じ(´・ω・`)

はい、次の章に生きましょう~って言われているのに

まだ、居心地いいからとか

まだ、我慢できるから

まだ、今は無理とかで、留まるとですね~

ごみ溜めならず、人生の掃きだめ(言い過ぎ?)に・・・

もしくは、強制連行(笑)

みたいな

時が過ぎてもしがみつくのは人間だけ

時が来たら次へ進むのが人生は一番本当は楽なんだな~

(*´▽`*)

大切なものはなあに?

あなたの大切なものはなあに?(*^▽^*)

家族とか

お金とか

地位とか

名誉とか

恋人とか

いろいろあると思いますが。。。

本当に大切にしているものはな?(´▽`*)

実は、本当に大切にしているものは

眼の前に広がっているもの

自分がいつも味わって居る感覚と感情と

自分の近くに存在する全て

悲しいかな必ずしも大切にしているものが

自分がほしいものや

大事に思っているものではないというのが真実、現実_| ̄|○

なぜって?

だって本当に大切にしているものは

自分から去っていったりしないんだよ

大切にしているって事は

ほぼ間違いなく祝福、称賛しているものだからね

祝福、称賛していながら自分からなくなっていくというのは

まずありえない。

自分に手に入らないものがあるなら

ほぼ間違いなく文句と不満を言って

粗末にしてると思って間違いない。。。

何大切にしてる?

( *´艸`)

薄れゆく感情と、消えない記憶

激しい感情に囚われた時
この感情をどう収めようかと
あの手この手で忘れ去る、葬り去る事をしませんか?

で、ほどなくして
感情が収まってきたと一安心みたいな・・・

どこへ行ったの?あの激しい感情は・・・?
なくなりました、、、って思う?
だけど、ちょっと何かあれば
なくなったはずの感覚と感情がぐらぐらと動き出す。

いや~な感覚
その感覚を感じないようになるべく、その領域には立ち入らない・・・

だけど、記憶は消える事なく
何かあるたびに揺れ動く感情

感情がなくなったわけではなく
他の鮮明に意識される部分の下に埋もれ薄れただけ。
だけど、記憶は消えず、記憶の一端に触れるととたんにその感情が甦ってくる。

もし、感情が何度も何度も揺れるなら
その記憶は未だ保持されている。